ヒンズー教の人生の目的と四住期

●人生の目的
 ヒンドゥー教が教える人生には三つの目的があり、これらを「プルシャールタ(人生の目的)」と呼んでいる。それはカーマ、アルタ、ダルマである。

カーマは愛欲、性愛のことであり、これは獣のように欲情にまかせてただ愛欲を追求するのではなく、人間らしく性愛を享受する洗練された方法を身につけなさい、ということである。

アルタは実利と訳されている。目的を設定して、それを実現すためになされる営み総てををアルタという。具体的には、名誉欲、権勢欲、や金銭欲という現世的な欲望を実現するための方策がアルタである。

人生の目的の第三はダルマ、義務である。ヒンドゥー社会に生きる各個人に課せられた生き方の基準である。それは人間の理想的な一生の生き方は四つの段階(四住期)からなっていると教えている。

●四住期
第一は学生期(がくしょうき)訓練と教育の期間、教育と激しい労働に積極的に参加する期間。知識とヨーガ(身体と精神の鍛錬法)は常に重視され、その訓練を伴う教育は青年にとっては最も大切な宗教的努めとみなされる。

第二は家住期(かじゅうき)一家の主人として社会で積極的に活動する期間。社会構造の全体に統一と結束をもたらし、社会生活の理想を懸命に実現しようとするこの段階においてヒンドゥー教徒は結婚し活動的な生活をおくることになっている。他の三つの段階はすべてこの期間に依存していることからも、ある意味では人生の四時期の中心であるとみなされる。定められた行為を行え。行為は無にまさり、あなたの身体は無為によって維持することはできない。人間は活動し、その義務を果たさなければならない。しかもそれは無私のものでなければならず、ましてや報酬のためや天国へ入るためであってはならない。しかしながら、この世俗的な家住期における成功だけでは十分であるとはみなされていない。

第三は林住期(りんじゅうき)物質的世界での成功は確かに立派ではあるが、それだけで十分であるとはみなされず、そこに解脱という思想が登場してくる。解脱とは単なる否定の状態ではない。それは行為(業、カルマ)の絆すなわち再生から解放されて自由となり、存在に満ちあふれた、完成の境地である。個人的自由を求めての世捨て(出家)であり、仏教の涅槃の観念と同様に、輪廻再生の輪からの脱出である。

第四は遊行期(ゆぎょうき)林住期において世俗的な結びつきをゆるめて、その後の遊行期において隠者としての生活を送るように定められている。このように普通の生き方に比べ、理想的人間は、徐々に世俗の生活から隠退して、俗世における成功ではなく、解脱に思いをいたすべきものとされている。こうして出家遊行の生活は、理想的人間の生活の重要な一部分となる。

●ヒンドゥー教
古くインドにはバラモン教、仏教、ジャイナ教の宗教がインド人に多大な感化を与えつづけてきた。この中で仏教は、紀元前5世紀頃、インドのゴータマ・シッダッタが悟りを達成してブッダ(覚者)となり、その教えを人々のまえに時点にはじまる。

マヌ法典は古代インドで作られた「ダルマ・シャーストラ(法典)」で、紀元前2世紀から紀元後2世紀の成立した。世界の創造、祭式、倫理、習慣、義務を扱い、ヒンドゥー教のダルマ(倫理的、宗教的義務)を説く宗教聖典である。バラモン階層を中心としたもので、伝統的な社会秩序(ヴァルナ制度、四姓制度)や生活規範(アーシュラマ、四住期)を、バラモン側から制定してある。

ヒンドゥー教徒の守るべき行為の宗教的規範を説く基本的な聖典「バガヴァッド・ギーター」(宗教哲学詩)はおよそ紀元前二百年ー紀元二百年頃につくられた。それによるとインド社会の理想としてヒンドゥー教の教えがある。

バラモン教(後に、変身してヒンドゥー教になる)には聖典「ヴェーダ」(奥義書)という膨大な文献がある。その中の最古の「リグ・ヴェーダ」賛歌は紀元前1200年頃まで遡る。また多くの宗教書が編纂されており、その中に「ウバニシャッド」の名を持つ百あまりの書物がある。その中の古いものは紀元前500年以前につくられている。

ウバニシャッドにはさまざまな人生観、宇宙観、思想が論議されている。 人間は死後どうなるか。この問題は古今東西すべての人類に共通する重大関心事であるが、大部分の人は死と同時に虚無に帰すとは思わない。インドに侵入、征服したアーリア人もこの問題を追求し、ウバニシャッドに至ってほぼ次のようにまとめられた。

1.輪廻。人間は死後にあの世に赴いた後再び、この世に生まれかわる。この過程は無限に繰り返される。しかも人生には必ず苦痛が伴うから、輪廻の無限の系列は望ましいものではない。

2.カルマ。すべての人間には生まれながらにして幸不幸の区別がある。それには理由があるに違いない。それは前世におけるその人の行為(カルマ)(業)の結果である。人間はその生前の間にした行為の結果として死後の運命が定められる。こカルマが輪廻の原因である。という説はのちのインド思想界を支配することになる。

3.祖霊の道。大部分の人は死後、煙とともに空中高く舞い上がり、闇の道を通って祖霊の世界に達する。そこから月の世界に行き、大気や風や雨とともに地上にくだり、植物の中に摂取され、食物となり、精子となって再生する。

4.神々の道。選ばれた人のみは死後に焔とともに光明の道を通って神々の世界に達し、そこから太陽と電光とを通過して遂に絶対者ブラフマン(梵、宇宙の最高原理、唯一真実の実在を指す。)と合体する。この道は生前に隠者として修行を積み、最高の真理を発見したもののみに許される。その人は解脱せる人である。

5.ブラフマンとアートマン。ブラフマンはもともと祈祷の言葉ならびにその魔力をさす語(梵)であったが、ついに 宇宙の最高原理、唯一真実の実在を指すことになった。またアートマンはもともと呼吸の意味であったが、人間の内部の実在を指すことになり、自我をあらわす代表的な語となった。そして人間のもっとも奥底に潜むアートマンこそは宇宙の最高原理としてのブラフマンと同一であるという認識がウバニシャッド哲学の最高の真理である看過されるこになった。

●出典
クシティ・モーハン・セーン著、中川正生訳、「ヒンドゥー教−インド3000年の生き方・考え方」、講談社現代新書1469、1999年9月発行。
ひろさちや、服部正明、「ひろさちやが聞くヒンドゥー教の聖典」、鈴木出版、1993年4月。
渡辺照宏、「仏教第2版、仏陀以前のインド」、pp.55−76、p.66、岩波新書915,1982年